[CD-R盤]
モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216
ブラームス/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 OP.77 *
レオニード・コーガン(Vn)
ディミトリ・ミトロプーロス指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック
*ピエール・モントゥー指揮 ボストン交響楽団
1958年2月2日、ニューヨーク・カーネギー・ホール
1958年1月11日、ボストン・シンフォニー・ホール
モノラル/ステレオ、ライヴ録音
旧ソ連の名ヴァイオリニスト、レオニード・コーガンによるアメリカ・デビュー時のライヴ録音。
米マサチューセッツ州在住のコレクターによる提供音源で、いずれもエアチェック。
モーツァルトのオリジナル音源の音質は、1950年代末のニューヨーク・フィル(NYP)のライヴ録音としては例外的に優秀な部類。1950年代後半〜1960年代中期までのNYP のライヴ録音は、カーネギー・ホールの記録用音源と思われるものが多く、ステージ上方に天吊りされた常設マイクによる収録で、音質に配慮したマイク・セッティングも行われておらず、しかも旧式の録音機材が使われていたと言われ、鈍く冴えない録音が目に付く。一方、当ディスクの音源は、コロンビア・ネットワーク(CBS)によるFMモノラル放送がオリジナルと思われ、良好な受信環境の元、高品質な録音機材によってエアチェックしたものと想像される。放送時のハムノイズが若干感じられるが、周波数レンジも広くバランスも良好で美しい音質。独奏ヴァイオリンをクローズアップし、オーケストラが後方にやや控えめに配置されるという古い録音スタイルだが、モノラル期のLPを聴き慣れたリスナーであれば満足して鑑賞出来ると思われる。
ディスク化に当たっては、音質に悪影響を与えない範囲でハムノイズの低減を行い、大音量で再生しない限り聴こえない状態とすることが出来た。
なお、同曲は海外で既出盤が存在し、こちらもハムノイズが乗っているので、同じ放送をエアチェックしたものと思われるが、ヒスノイズ過多で周波数レンジが狭く、当ディスクよりも古ぼけた音質であり、別のリスナーによるエアチェックだろう。
一方のブラームスは、地元ボストンの放送局WGBH による最初期のステレオFM放送がオリジナル。
アメリカでは高価ながら1951年からステレオ(正確にはバイノーラルか)・テープレコーダーが市販されていたから、1958年当時、裕福なリスナーがステレオ・エアチェックを行っていても不思議ではない。非常に優秀な音質でステレオ初期のLPとほぼ同等の水準。ノイズレスで周波数レンジも広く安心して鑑賞出来る。
第1楽章冒頭、序奏部分の録音レベルが若干高く、ヴァイオリン独奏が入る頃から下がっていくため(録音エンジニアがその後のレベル・オーバーを抑えようとしたのだろう)、この部分のみボリューム調整および若干の周波数拡大を行った以外、ほとんど手を加えていない。
両者とも会場ノイズは極小。
当ディスクの録音はコーガンのアメリカ・デビュー時のライヴ(なお当ディスクの演奏以外に、1月30・31日にNYP とラロ「スペイン交響曲」を演奏している)。
日時的には、NYP とのモーツァルトよりもBSO とのブラームスが先で、当録音はBSO 定期演奏会2回公演の2日目に当たる。午後8時30分開演で、プログラムは前半にワインガルトナー編曲によるベートーヴェン「大フーガ」、ドビュッシー「聖セバスチャンの殉教」抜粋2曲、R.シュトラウス「死と変容」、休憩を挟んで後半がブラームスのヴァイオリン協奏曲という、コーガンを主役とした構成。プログラム前半の途中、「死と変容」辺りから来場した聴衆が多かったかも知れない。
2月2日のNYP との共演は、定期演奏会としては珍しい1回公演で日曜日午後3時開演、前半にモーツァルト「魔笛」序曲、ヴァイオリン協奏曲第3番、休憩を挟んで後半にベートーヴェンの交響曲第2番、レオノーレ序曲第2番という一風変わった構成。不思議なことに当日会場で配布されたブックレットには、交響曲第2番のみNYP 自身によって録音されるとの記載がある。実際には当ディスクに聴くようにコロンビア・ネットワークによってヴァイオリン協奏曲第3番が放送されており、恐らくNYP がついでに録音を依頼したのだろう。
演奏は、コーガンらしい厳しくも鮮やかな演奏。特にブラームスは録音も優秀で、スタジオ録音を上回るのではないかと思える演奏。また、現代のヴァイオリニストによる最新録音と言われても不思議ではない新鮮さもある。モントゥーの明快かつ的確な伴奏も貢献しているだろう。
近年、再評価が著しいレオニード・コーガンだが、現役時代もアメリカ公演や日本公演を度々行うなど、先輩格のダヴィード・オイストラフと並ぶ旧ソ連を代表する大ヴァイオリニストとして活動。
また、レコーディングについてもソ連国内はもとより、1955年からは英コロンビアと契約を行うなど国外メジャー・レーベルとのレコーディングも活発に行った。
しかし意外なことに、現在の高評価とは異なり、現役当時、特にアメリカにおいては、オイストラフと比較して評価や人気の点で一歩譲る面があったことは否めない。また、英仏コロンビアや米RCA に録音したLPも、セールス的には今ひとつだったようだ(当時の販売枚数が少なかった結果、皮肉なことに現在の中古LP市場では価格が高騰している)。
LPのセールスが不調だった理由は、発売当時の評価が影響しているようだ。イギリスのクラシック・レコード・ガイドブック「The Stereo Record Guide」第3巻(1963年刊)における、レオニード・コーガンによるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(Columbia SAX2386)への評価はかなり厳しいものであり、当時の編者たち(エドワード・グリーンフィールド、アイヴァン・マーチ、デニス・スティーヴンス)の視点は、今日の評価とは全く異なっていた。
「これは期待外れの録音だ。コーガンはいつものように軽やかなテクニックと力強く澄んだ音色で演奏しているが、演奏全体としてはどこか冷めた印象を受ける。この協奏曲が何よりも要求する内なる輝きがほとんど感じられない。シルヴェストリの伴奏はやや不安定で、ソリストと必ずしも調和しているとは言えない。録音自体は良いのだが、競争の激しいこの分野では、このバージョンは他の多くの演奏に容易に凌駕されてしまうだろう」ということで、当時の同書における最高評価は3つ星だったが、コーガン盤には星1つ+括弧付き星1つという低い評価しか与えなかった。
一方、同ガイドは、同じシルヴェストリ指揮(ただしオーケストラはウィーン・フィル)のメニューイン盤(HMV ASD377)を絶賛しており、そちらには無条件で3つ星を与えた。「人間味あふれるメニューインに比べ、コーガンは機械的である」という当時の批評的傾向が色濃く反映されており、1960年代初頭の英国では、情緒豊かでヒューマニズムに満ちたメニューインのような演奏が理想とされていたようだ。皮肉なことに共演者についても「シルヴェストリの指揮がうまくマッチしている」と評された。
ちなみに同書では、同じ旧ソ連の名手オイストラフ盤(SAX2315)に対しても「いつもの調子ではない」として2つ星に留めており、当時の英国の批評家たちがコーガンやオイストラフのスタイルに対して、保守的あるいは否定的な見解を持っていたことが伺える(ついでに記すと、クレンペラー指揮フィルハーモニア管によるマーラーの交響曲第2番「復活」(SAX2473/4)についても、「重すぎる」「柔軟性に欠ける」と評されるなど、今日の評価とはかなり異なることが興味深い)。
なお、当ディスクに聴くブラームスの協奏曲のLP(Columbia SAX2307)については、「コーガンは、最良の意味で『古典的』な素晴らしい演奏を聴かせてくれる。コンドラシンとフィルハーモニア管によるサポートも完璧だ。多くの人々にとって、この曲の最も好ましい盤となるだろう」と評価、3つ星を与えており、少なくともイギリスでは酷評一辺倒でもなかったようだ。
しかし、当時のアメリカの有力なレコード批評誌(『High Fidelity』や『The American Record Guide』など)においては、ブラームスの協奏曲について、コーガンの演奏はしばしば「厳格すぎる(Strict)」「感情の起伏に乏しい(Unemotional)」と評された。特に、アメリカの聴衆が好んだ「豊潤で甘美なヴィブラート」や「朗々と鳴り響く低音」に比べ、コーガンの音は引き締まり、スピード感があるため、ブラームスの「ジプシー的な哀愁」や「ドイツ的重厚さ」を期待する耳には、即物主義的(Objective)で冷淡に聴こえた。また、コーガンは楽譜に対して極めて誠実で、テンポを恣意的に動かすことを嫌ったため、当時のロマン派的アプローチ(濃厚なルバートなど)に慣れた批評家からは、「柔軟性に欠ける」「厳格すぎて息が詰まる」というネガティブな評価に繋がった。
当時のアメリカでは、ハイフェッツの圧倒的な推進力か、あるいはオイストラフの巨大なスケール感がブラームスの協奏曲演奏の理想とされていたため、コーガンの「一切の無駄を削ぎ落とした筋肉質なブラームス」は、当時の耳には物足りなく、あるいは「冷たい」と映ったのだろう。
アメリカの批評家たちは、しばしばコーガンの演奏を「鋼のように鋭いが、感情に乏しい(steel-like but cold)」と評することが多かった。また、アメリカでは、アーティストの「人間的な魅力」や「物語性」がマーケティングにおいて重視された。しかし、コーガンは宣伝を嫌い、ステージ上でも表情を変えず黙々と弾くスタイルを貫いたため、アメリカのメディアが好む「スター性」に欠けると見なされたことも大きかった。
このように、当時のアメリカでは「技巧は凄いが、心に響かない」という評価が一般的であり、それがLPの売れ行き不振や、その後のアメリカ公演回数の少なさにも直結していたと言える。
その結果、1958年ボストン響(BSO)とNYP への初共演後の再共演は、BSO は1960年3公演、1964年3公演、1975年5公演、NYP は1960年3公演、1976年4公演のみ。その他のアメリカのオーケストラとは1969年と1971年にはクリーヴランド管、1976年にはフィラデルフィア管と共演しているが、今日の高い評価の割にはアメリカのメジャー・オーケストラとの共演もやや散発的だった。
一方、日本においては、コーガンは初来日の当初からアメリカとは対照的に極めて高い評価を得ていた。アメリカにおける「冷徹」「機械的」というレッテルは、日本ではむしろ「峻厳な様式美」や「妥協のない精神性」として肯定的に捉えられた。
1958年の初来日(大阪国際フェスティバルなど)の際、一切の無駄な動きを排し、彫刻のように不動の姿勢で完璧な音を紡ぎ出すコーガンの姿は、日本の聴衆に「求道者」のような印象を与え、このストイックな芸風が、日本の武道や職人芸に通じる美学として熱烈に受け入れられた。アメリカの批評家が「冷たい」と切り捨てた彼の音色も、日本の専門家や愛好家の間では「クリスタルのような透明度」や「鋼のような強靭さ」と絶賛。アメリカではオイストラフの影に隠れがちだったが、日本の音楽界やレコード会社(東芝音楽工業など)は、最初から二人を「ソ連が生んだ二大巨匠」として対等に扱い、このようなプロモーションの成功も、日本での盤石な人気に繋がったといえる。
コーガンの「研ぎ澄まされた完璧なテクニックと、過度な感情移入を排したストイックなスタイル」は、時代が下るにつれ、その純度の高い芸術性が再評価され、現代ではその「過度な装飾を排したストイックな様式美」こそが、コーガンの真髄として世界的に再評価されることになる。
レオニード・コーガンは、当ディスク以外に、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番を1955年英コロンビア、1959年仏コロンビア、1964年露メロディアにスタジオ録音を残した。
また、ブラームスのヴァイオリン協奏曲を1955年仏コロンビア、1959年英コロンビア、1967年露メロディアにスタジオ録音していた。
※総合カタログは下記を参照下さい:
https://www.ne.jp/asahi/classical/disc/index2.html
*【ご注意】
当商品はCD-R盤です。CD-Rは通常の音楽CDとは記録方法が異なり、直射日光が当たる場所、高温・多湿の場所で保管すると再生出来なくなる恐れがあります。
また、CD・DVD・SACD再生兼用のユニバーサルプレーヤーや、1990年代以前製造の旧型CDプレーヤーなどでは再生出来ない場合がありますが、メーカーや機種の異なるプレーヤーでは再生出来ることもありますので、複数のプレーヤーをお持ちの場合はお試し下さい。
レーベル: PREMIERE
レコード番号: 60135DF
Stereo/Mono: Mono、Stereo
録音: 1958.2.2、ニューヨーク・カーネギー・ホール、1958.1.11、ボストン・シンフォニー・ホール、ライヴ録音