チェクナヴォリアン/バレエ音楽「オテロ」OP.31〜組曲
イヤーゴの登場
踊りの振り付け
ダイアログ〜デズデモーナの登場
オテロの見事な踊り
ダイアログ〜デズデモーナとオテロのパ・ド・ドゥ
イヤーゴの怒り
嵐
愛のパ・ド・ドゥ
祝いの踊り〜短剣の踊り
オテロの怒り
嫉妬のパ・ド・ドゥ
オテロの後悔
フィナーレ〜デズデモーナとオテロの死
ロリス・チェクナヴォリアン指揮 ロンドン交響楽団
英国ノーザン・バレエ団の委嘱により作曲、1985年に同バレエ団のロンドン・ツアーで初演されました。
バレエでは、管楽器,打楽器,チェレスタ,ハープと弦楽合奏による室内オーケストラ用でしたが、後に作曲者自身によってフル編成のオーケストラ用に組曲が編曲されました(本レコードに収録)。
大変レア。
ロリス・チェクナヴォリアン(1937-)は、アルメニア移民の両親のもと、イランで生まれました。
祖父の影響で幼少の頃からヴァイオリンに親しみ、テヘラン音楽院でヴァイオリンとピアノを学びます。
1954年にはウィーン音楽アカデミーに入学、ヴァイオリンと作曲を専攻。また、ハンス・スワロフスキーに就いて指揮法を学びました。
1961年にテヘランに戻り、テヘラン音楽院で教職に就き(音楽理論)、同時にテヘラン音楽資料館の館長に任命されて、イランの民俗音楽と楽器の収集・研究を行いました。
1963年にオーストリアに戻り、ザルツブルク・モーツァルテウム音楽院でカール・オルフに師事、オルフの「シュールヴェルク」のための作曲も依頼され、アルメニア音楽に基づくピアノ曲を130曲余り作曲しました。
1965年に米国に移住、ミシガン大学で指揮法を学びます。
1966年から1970年まで、ミネソタ州ムーアヘッド大学の器楽・オペラ学科長を務めています。
1972年には再びテヘランに戻り、ルダキ歌劇場の首席指揮者&作曲家の職に就きます。
この頃から作曲家として活動が増え、映画音楽も多く手掛けています。
1974年頃からロンドンでの活動が中心となり、1975年にはRCA レーベルと専属契約を締結。ロンドンのオーケストラを振って多くの録音を残しています。日本ではこの頃から評判となりました。
1989年には、アルメニア・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任、アルメニアに移住。
アルメニア・フィルとは英ASV レーベルにハチャトゥリアンを中心にロシア音楽を多数録音しました。
2000年、作曲活動に専念するためアルメニア・フィルを退任、以降作曲に加えて、絵画や短編小説の執筆も続けています。